天の月

ソフトウェア開発をしていく上での悩み, 考えたこと, 学びを書いてきます(たまに関係ない雑記も)

翻訳者 角 征典さんによる『Running Lean 第3版』ダイジェストに参加してきた

creationline.connpass.com

こちらのイベントに参加してきたので、会の様子と感想を書いていこうと思います。

会の概要

以下、イベントページから引用です。

『Running Lean 第3版』は2012年に出版された『Running Lean―実践リーンスタートアップ』の改訂版です。前の版の役割は、Eric Riesが提唱した「リーンスタートアップ」のムーブメントを前進させることであり、オリジナルのツール「リーンキャンバス」を普及させるためのものでした。その試みは、成功した部分もあれば、失敗した部分もあります。本講演では、これまでのリーンスタートアップの概念をふりかえり、新しい『Running Lean 第3版』を参照しながら、10年後の現在の世界に適用するためのヒントを紹介します。

スライド

kdmsnr.com

会の様子

リーンスタートアップとはなんだったのか

リーンスタートアップを知らない若い人向けへの紹介ということで、リーンスタートアップとはなんだったのか?という話を聴いていきました。

リーンスタートアップは、エンジニアであったEric Riesがどうすればスタートアップが売れるプロダクトを作れるのか?を考えたもので、理論としてはアジャイル開発(XP)にもっとも影響を受けている*1という話がありました。
ただ、アジャイル開発を実践するだけでは不足している部分もあり、特にアジャイルソフトウェア宣言「契約交渉よりも顧客との協調を」の部分はスタートアップではそもそも顧客がいないことから難しく、「アントレプレナーの教科書」を参考に補強していったということです。

こうして理論を補完していくと、最終的にはソフトウェアとビジネスモデルの連携が課題となったそうですが、ここはKent beckが重視した「検証による学習」を実装したBMLループで補完されたそうです。

購買行動と品質の変化

先日SQIPであった狩野先生の講演では、20世紀と21世紀では購買行動が異なるという話があったそうです。

具体的には、20世紀は初めて商品を買うことが多かったので、現在品質/未来品質のみを考えればよかったものの、21世紀になると現在品質/未来品質に加えて過去品質も重要になり、初めての購入から買い替えを前提とした行動を考えることも重要だという話があったということでした。

これはRunning Leanでも言われている*2ということで、過去の「課題」を買い替えるようなスイッチ*3が重要になってくるそうです。
本の中では「顧客フォースモデル」として紹介されているということで、どうやったらターゲット顧客が慣性(悪い体験はあるものの使い慣れているものを使い続ける)に逆らって自分たちのプロダクトを使ってもらえるのか?をリーンキャンバスで補強しながら考えるように今回新しく要素として追加されているということでした。

ただし、リーンキャンバスで補強してくと既存の課題を解決すると「小さな改良」(100円ショップの便利なモデル)になってしまう*4ため、なぜなぜ分析を行って顧客が本当に欲しい物を考えることが重要だということです。(これまで自社が作ってきた領域を超えたプロダクトができる)

MVPだけで進めない

先程、動くビジネスモデルと動くソフトウェアを連携させていく話(検証による学習)が出ていましたが、受け取り方によっては、「とりあえず作りましょう」という話が出たり、大企業でPOC地獄に陥りがちになる問題があるという話がありました。

リーンスタートアップでは、トラクション*5が重要だと考えているそうで、ただ単に「学習できてよかったよね」ではなく、トラクションもセットで考えて洞察を得ることが重要だということです。

一方でこのような洞察を作るためにはMVPが必要になりますが、MVPは定義が多数ある上にEric Riesもふんわりしか定義しておらず、混乱が起きがちだということでした。
さらに、MVPを説明するときには車の作り方の説明(下図)がありますが、

MVP(Minimum Viable Product)の意味を理解する。そして、なぜ私はEarliest Testable / Usable /  Lovableを好むのか。 | ANKR DESIGN | デザインリサーチ・プロトタイピング・サービスデザイン

「車のMVPは車であり、バイクを作るのはMVPとは言えない」という話もテスラの講演であったり、より混乱を招いている印象があるということでした。

こうした背景を踏まえると、MVPは「最小限の労力で顧客に関する学習を最大限にできる製品」という定義に加え、「コミュニケーションを促進するバウンダリーオブジェクト(製品である必要はない)」という定義もあると考えられ、オファーの話とMVP(作るもの)の話を分けて考えるほうが安全だという話もありました。

本でも、まずオファーしてお金をもらって2ヶ月以内にMVP構築するという話が書いてありますが、これをそのまま実践するのはかなり危うい*6ため、オファーを実現できない可能性がある旨は事前に説明が必要するなどといった工夫が合ったほうがよいのでは?ということです。

他の話題は本書で

今回は本書の前半を中心に紹介したので、後半部分を中心とした話は本を買って是非読んでほしいという話がありました。

なお、後半部分は顧客を一度抱えたあとどのように顧客を増やしていくのか?という話などが語られているそうです。

Q&A

MVPで何を学習すると定義するのか?

受託開発とスタートアップでは姿勢の違いがあるということで、スタートアップではあれこれ検証するのが難しいので仮説を絞る必要があるという話がありました。

クラウドファンディングはオファーと言っていいのか?

クラウドファンディングは双方向のコミュニケーションが取りづらく、オファーのように反応を見ながら調整することができないので、広く言えばそうだし狭く言えば違うという回答になるそうです。

政府でうまく導入している事例は国内外であるか?

わからないので調べようと思ったという回答がありました。

リーンスタートアップトヨタを源流とするリーン生産方式の関係性は?

Eric Riesがあまりトヨタ生産方式を参考にしたとは考えづらく、正直何も参考にしていないのでは?と思うということでした。

会全体を通した感想

角さんの講演は、本をざっと紹介するという形ではなく、本を一度読んだ人も楽しめる内容なので、今回も聴いていて非常に楽しかったです。

特に狩野先生の話とつながりは非常に面白かったです。

*1:例えば、「包括的なドキュメントよりも動くソフトウェアを」を基に「包括的な事業計画書よりも動くビジネスモデルを」を考え、リーンキャンバスが使われたりした

*2:ただし21世紀になったからというより、元々プロダクトは買い替えを前提とするほうがよいという話になっている

*3:例えば音楽なら、CD→音楽など

*4:穴とドリルの例なら、機能面である穴を改良しようとすると小さな改善しか起きない

*5:市場からの引き合い、スイッチのきざし、収益化可能な価値を獲得できるか、お金じゃないビジネスをしている場合はどれだけ多くの人を幸せにできているか

*6:お金をもらったけどMVPは何も作れませんでした、となる可能性がある