天の月

ソフトウェア開発をしていく上での悩み, 考えたこと, 学びを書いてきます(たまに関係ない雑記も)

LEADING QUALITYを読んだ

www.kadokawa.co.jp

スクフェスニセコで、LEADING QUALITYの翻訳者のMarkさんに出版前の本を読ませていただき、「ちゃんと自分で買って書評ブログ書きますよ!」と言ったので、今日は久しぶりに書評ブログを書いてみようと思います。

本の概要

以下、出版社のページから引用です。

「品質とは何か」「品質をどう測るか」を説明した書籍は山積しているのに「品質の大切さをいかに組織に広め、品質文化を醸成するか」を解説したものは皆無である。本書は、それらを解説した画期的な書籍である。

本の内容に関する感想

自分たちがやれることや手が届くことに集中しない

第1章にあるuSwitch社の事例や第2章にあるテストナラティブが悪い方向に向かってしまう場合の例、第8章で評価基準や成長指標をもとに品質保証の活動を考えていく話などから、自分たち(QAの人たち)が得意なテスト技法の適切な選定やテスト戦略の策定にとどまらずにプロダクトに貢献していく話が多く語られているのはとても印象的でした。
自分たちができることにとどまらないこと、もっと言えば本書の範囲を超えてプロダクトに貢献する(例えば品質を上げずにプロダクトの売上に貢献するなど)活動を積極的に行う必要があることが示唆として読み取れて非常によかったです。

さらに、自分たちがやれる範囲を超えて課題を解決したり組織文化を変えていくためにやってみるとよいことや社内政治を適切に行うアイデアなどに関しても書籍の中で言及があり、読者にただ示唆を突きつけるだけではなく、変革のための行動を促す記述があるのも良いなあと感じました。

サマリ(タイトルや項題)と記載内容(具体事例)のGap

サマリ(タイトルや項題)で書かれている内容から受けるイメージと、具体的に語られている内容から受けるイメージでGapがある部分がそこそこありました。

顕著に感じた部分で例を挙げると、3章で説明されている影響力を発揮できるようにするための方法の「エビデンスを用いて品質ナラティブを補強する」は、エビデンスを活用するというよりは小さな成功事例を作る話に思えましたし、「共感を生み出して連携と相互理解を深める」は、共感を生み出すと言うよりはやっていることを透明化したり過度な分業や経験の偏りを是正する方法の一つに感じました。

人によってはサマリと記載内容がドンピシャで合うという人もいると思うのですが、上記で書いたように微妙にイメージにずれが生じる部分もあるので、タイトルやサマリだけつまみ食いして内容のイメージを掴むのではなく、一文一文丁寧に読み解いていったほうが良いかと思いました。(本書はそこまで分厚い本でもありませんし非常に日本語訳も読みやすい本なのでなおさら)

品質という言葉のぶれ

品質という言葉は定義のぶれがあり人によって指す意味が異なるという前提が序章で語られていたり、テスト担当者がイメージする品質が虚栄の評価基準になってしまっていることが往々にしてあることを説明したりしている一方で、

品質がお粗末だったために企業が支払ったコストを合わせると、2017年は約1.7兆ドルと算出されている

という記載が3C(本書における3CはCustomer/Company/Career)と品質が関連する根拠として示されていたり、品質を社内外で認知してもらう目標設定の例として「社内の全員がプロダクトの品質に責任があると感じている」が挙げられていたり、品質という言葉に対して問題提起していることを考えると不自然な記述がいくつかあったのは少し気になりました。

品質という言葉を多用する危険性やテストメトリクスが虚栄の評価基準になりがちな話などが主張されている書籍は自分の観測範囲だと少ないので、主張に対して本の中で一貫性があるとより説得力があっていいなあと思いました。

読書会向きの本

本書が「品質文化」を扱っているということもあるので、社内で読書会をして、本を読みながら考えたことや自分たちの組織で本書で語られているようなアイデアを基に自社の品質文化に関してディスカッションをしてみると盛り上がりそうな本だなあと思いました。
本書の内容的に、リードするのはQAの方々になるのかもしれませんが、ディスカッションの際には幅広いロールの方々が集まるとより面白そうですし、本書のテーマ的にも、多くのロールの方が関心を持ちそうな内容が多そうで、プロダクトに関わる人たちで共通理解を形成する一助になるのかな、と感じました。

例えば、本書のコンセプトの一つである品質ナラティブであれば、自分たちの組織は3タイプのナラティブのうち、特にどのナラティブが自分たちを目標から遠ざけているのか?それぞれのナラティブで何がプロダクトの売上に作用して何はプロダクトの売上を阻害しているのか?などをチームでディスカッションしてみたりすると、面白そうだなあと思いました。

本の翻訳に関する感想

読みやすい文章

全体を通して、めちゃくちゃ読みやすい文章でした。以下のポイントが読みやすいと感じた理由として大きかったのかな、と思います。

  • 癖がある日本語がない
  • 日本語文法として不自然な文章が全然ない
  • 冗長な文章が全然ない
  • 表記ゆれがない
  • 機械翻訳感がまるでない
  • 原文を日本語訳するとちょっと意味がずれてしまいそうな部分や違和感ある日本語になる部分は原文も併記されている

自身も現在は翻訳をしたり、翻訳本のレビューをしたりしているので、原文と見比べることで、翻訳に関する知見も溜まりました。
言葉の言い換えの秀逸さや語彙力の豊富さはやはり読書家であり文章を読んだり書いたりする機会が多いMarkさんだからこそ身についている能力なのかな、と感じました。

訳者まえがき

訳者まえがきでは、本書籍が出版されるまでの過程や出版されるまでの苦悩が垣間見える内容になっており、その中で実名で多数の人々へ丁寧に感謝が述べられているのがMarkさんの素晴らしい人柄を表しているなあと感じました。

また、英語を日本語にして日本語圏の人たちに届ける作業ではなく、原著を尊重しながら一つの新しい作品を作り上げていくのが翻訳なんだという気概のようなものが勝手に感じられる熱量溢れたまえがきでした。

訳注

訳注が文の中に差し込まれている形式に関して議論(読むリズムが邪魔されて読みにくい VS 視線移動が少なくて読みやすい)が起きていましたが、個人的には文の中に差し込まずに章末などにまとめてもらえるとより読みやすかったかなと思いました。

また、訳注の種類として、専門用語の補足をする訳注もあったのですが、個人的な理由で、この訳注はそこまで大きなメリットを感じませんでした。ほとんどの用語が既知の用語だったというのが大きい気もするのですが、メリットをそこまで感じなかった理由としては下記の2点が挙げられるのかな、と推測しています。

  • (幅広い概念を取る言葉だと特に)個人的には、そういう意味なんだで終わってしまい理解した気になってしまう可能性がある
  • 自分がわからない専門用語の数で今自分がこの本を読んでもよいのか?(もっと前に読む本があるのではないか?)という判断をすることが多いので、補足があるとこの数にブレが出る

ただ、ITやリーンスタートアップなどの基本用語を抑えていない人が読んだ際には、聞いたことがあるけれど意味がよくわかっていない状態の人が読み進めるのを挫折することが少なくなりそうですし、専門用語の正確な意味を探すコストが省けるので、そういった人にとっては文の中に差し込まれている形式&専門用語の説明がある本書の形式のほうが読みやすそうだなあと感じました。

豊富な参考文献

参考文献が非常に豊富な書籍になっていました。

個人的には、(技術書であれば特に)本の参考文献は多ければ多いほど助かると勝手に思っていますが、本書籍では参考文献が多いことは他の本と比較して特に価値が高いと思いました。
本書籍は具体的な技術の話や現場で実装するアイデアなどは、書籍内にはそこまで多く書かれていないため、そこを読者で補填していく必要があるのですが、その際にアイデアの基になったような情報や具体的な話をより詳細に解説している参考文献や訳注や資料集の存在は非常にありがたかったです。

欲を言えば、参考文献や訳注にURLが多い&原著では紹介していない参考文献や訳注が多く存在するということから、電子版も発売してくれるとよりありがたいなあとは思いました。

全体を通して

品質文化という切り口はこれまでの本ではあまりない観点だったので、その切り口だけで語られていて面白かったです。
上記では言及しなかったのですが、テスト自動化に関する記述などは、品質文化という切り口ならではの説明になっていたりして、タイトルだけ見ると知っていると感じそうな内容でも新しい発見をしながら楽しく読むことができました。

上述したように翻訳がすごくよいので読みやすいですし、分量としてもコンパクトなので、ぜひお手に取って皆さん読んでもらい、皆さんの感想を聞ければと思います!