天の月

ソフトウェア開発をしていく上での悩み, 考えたこと, 学びを書いてきます(たまに関係ない雑記も)

学習科学・教育心理学はこれからの学校教育に何をもたらすか——令和の日本型学校教育の実現に向けて  『人はいかに学ぶのか』刊行記念オンラインイベントに参加してきた

https://kitaohji08.peatix.com/

こちらのイベントに途中まで参加して後半部分をアーカイブで視聴したので、会の様子と感想を書いていこうと思います。

会の概要

会のタイトル通り、学習科学・教育心理学とこれからの学校教育のつながりを論じている「人はいかに学ぶのか」の本の刊行記念に開かれたイベントです。

会の様子

訳者紹介

今回の3人の訳者は、大学院時代から学習科学や教育心理学に関して議論をしてきた3人だという話がありました。

20年間で変わった部分

前巻は20年前に出たこともあり、そこからどのような時代背景の変化があったのか?という話がありました。ポイントとして、

  • ジェンダーや人種といった社会的公正が重要視されるようになった
  • 脳科学神経科学の進展によって多くの知見が集積された
  • 情動的な側面の研究発展が進み、非認知スキルが学びに向き合う力として重要視されるようになった
  • 学習を生涯続くものとして捉えた生涯学習者という定義が出てきた
  • 学習障害がある子供も含め、多様な学習スタイルが提供されるようになった
  • GIGAスクール構想をはじめ、テクノロジーが学習に与える影響に関して議論が始まった

本書の魅力

自分で課題解決できる子供の育て方がわかる

自己調整学習の文脈で、自分にあった学習や様々な人たちの足場かけとなるような場を作ることの重要性などが本書では記載されており、具体的な実装方法までが主に4章でわかるという話がありました。

また、昔から問題になっている学問領域固有の対処方法が第7章で記載されているということです。

GIGA端末やデジタルテクノロジーの賛否両論がある

先生自体がデジタルテクノロジーの有効な使い方を学べるようになっている点が魅力だということでした。

特に、能動的な学習を促すために、マルチメディアを使う際の原理が説明されている章がおすすめだということです。

どこからでも読める

1つのトピックに関してかなり細かく本書は記述がされているため、自分が気になったところから浅くも深くも読むことができるのが非常に良いという話がありました。

人の強みがわかる

生成AIが台頭している中、人の強みであるもの(例えば感性)に対して高い解像度で記載されているのがおすすめだということです。

既存の常識の転換

自分たちが当たり前だと思っていたことがどんどん覆っており、記憶のダイナミズム性などが記載されているのが注目ポイントだということでした。

また、教育で暗黙の了解として話がある、「教えなければ学ばない」といった常識が覆るような話も多く記載されているということでした。

伝統的な学習心理学の参照量が減っていることも興味深いということで、科学の方法として扱えるものだけを対象にしていた研究では分からなかったような質的な研究が充実してきている点が面白いということです。*1

伝統的な学習心理学

本書の魅力として伝統的な学習心理学に関する話が出たこともあり、ここ最近の学習心理学で大きく変化してきていることの説明がありました。

元々の学習心理学は理論が強みとなっていて、人間の性質であったり非認知過程に焦点が当てられるようになっていたそうですが、二重プロセス理論における非意識をはじめとした研究の影響で、感性研究にフォーカスが向くとともにモチベーションや「主体的」な学習が重要視されているという話がありました。

バイアス研究の進展

デカルトの考え方をもとにした伝統的な学習心理学からスタートしていた中、バイアス研究が進むことで、世界は正確に見えないほうがよい(正確に見えてしまうと人は鬱になってしまう)という話が出てきて、1980年頃からバイアスを取り除いて事実だけ見ようという風潮になってきたという話がありました。(人に優しい心理学になってきた)

ただし、学校では基盤として理性的な人間を育てたほうがいいという考え方もありますし、色々これまでの研究を覆すようなエビデンスが生まれてくる中で、どういう風に教育に取り入れていくべきなのだろうか?という話も出てきたということです。

読解研究の進展

読解研究は、どうやって文章から「正しい」文意を読み取り、正確に知識を構成できるのか?という話にフォーカスがあたっていましたが、近年では、読解力や置かれている前提に個人差がある中でそれぞれがどうやって知識を構成するのか?そもそも「正しい」絶対的な知識はあるのか?といった話に焦点が向きつつあるという話が出ていました。

故に、相互的な読解スキルやそれぞれを支え合いながら生きていくことが重要なのではないか?という研究も出てきているそうです。

人に優しい心理学とは

なにかあるべき正解があってそこに至るまでのプロセスを定義するのではなく、それぞれの動機からスタートしている点が「優しい」心理学なのだという話がありました。
また、なにかうまく学習できていない時、「そりゃあこの環境なら無理もないよね」という風な語り口で捉えるのも「優しさ」の一つだということです。

この点は非常に重要で、例えば自己調整学習で自己管理システムだけを取り出してしまい、自己管理システムに従うように生徒を導こうとするとおかしい方向になってしまうということです。
具体的におかしい方向にいってしまう例としては、主体性は自己調整学習ではないかという話だったり、本人が「やりたい」かつ「やるべき」かつ「やれそう」な環境になったときに初めて自己調整学習になるのに、それらの要素が欠けている状態(極端に言えばこれを「やれ」という状態)で自己調整学習をしてしまったり、シングルループ学習を自己調整学習と定義してしまうという話がありました。

なお、自己調整は自己強化から来ている概念であるので、その点は忘れないように自己調整研究は進めないという提言もありました。

具体的な教育デザイン

本書では、教育デザインを考えるための材料が提示されていますが、それらを具体的に教育現場にどのように取り込んでいくのか?という話に関してはあまり書かれていないということでした。(そこは新しい使い方や教育創造を阻害するため書くべきでもない)

そのため、教育心理学者はこの本をもとに、どういう教育デザインができるのか?というのを考えてほしいということです。

学習とアイデンティティ形成

学習とアイデンティティ形成は表裏一体であるということは、意外と知られていないし、こういったアイデンティティの違いや個人の中に複数存在するようなアイデンティティを個別に扱えるのが心理学の強みであるという話がありました。

教育心理学

すべての子供が平等に幸せになる権利を保証するのが教育心理学者であるという話が出ていました。

そのため、教育の分野で心理学は多く使われているし、アドバンテージを政策にどのように結びつけていくのか?というところが今後より課題になるだろうということです。

教育心理学と教科教育の融合

公教育で必ず教えないといけないようなことがある中で教育心理学をどのように取り入れるのか?という話がありました。

これは、学びを楽しみながら賢くなるというプロセスを重視するとともに、教育的意図を背景として学習者を学びに惹き込むようなダイナミックな授業が実践として求められているということです。

また、本書で例示されている方法を現場が実践しようとするのではなく、例示されている方法の裏にある原理原則を踏まえてどのようにデザインするのか?を大切にする必要があるということでした。

ただし、学びのシーケンスではなく内容を編成する具体的な案に関しては今後の宿題になるだろうということです。

学校教育である時間の有限性

研究と実践のGapで一つある大きな問題として、学校教育の時間が限られているという話が出ていました。

一つの事例を深く学習するといった話に代表されるように、卑弥呼を教えるのは社会認識の一貫であるにも関わらず、卑弥呼というコンテンツだけ切り離されてしまうとこの時間の問題にぶち当たってしまうということです。

学習に取り組む態度や学習評価

評価=テストの点数などのイメージが強すぎるのがまず大きな問題だということです。

評価は結果ではなくプロセスを良く見るようにすべきで、「XX力」ではなく姿をみる(どういう場面で人が変わるのか?...)ことが重要だということでした。
また、評価は学習を良くするための手段であり、教育実践から変えていかないといけないということです。

形成評価が教師の中核作業であり、総括評価は最後に仕方なくやるものだということでした。

海外との比較という観点であれば、入学試験にこれだけ翻弄されているのはかなり特殊というお話で、評価すべきなのはどれだけ学校で学んだことが身についたのか?という卒業のときの評価が重要だということです。
日本でもAO入試などの取り組みは出てきていますが、現場がどれだけ変わっているか?(学ぶ主体は子供なのに大人が評価している)という部分にはまだ疑問符があるそうです。

学習指導要領は難しい?

現代の学習指導要領は難しいという話を良く聞きますが、どちらかというと簡単で、世俗の常識から離れているからこそ難しいと思ってしまうということでした。

例えば子供に対する事実が多く誤解されている(子供は誰しもが楽しく賢く学ぶことができる)という話が挙げられているということです。

会全体を通した感想

教育機関に関する話も多くありましたが、現場での学習や自分自身の学習に結びつく話も多くあって、非常に面白かったです。

特に教育心理学を中心とした現代の心理学全般が、どのような過程をたどって現代の考え方になってきたのか?という部分は興味深い内容でした。

*1:行動主義をはじめとした伝統的な学習心理学が悪いという話や価値が薄くなったという話ではないことには注意。あくまでも学問の発展の方向性が見直しされつつあるということを伝えたいということです