天の月

ソフトウェア開発をしていく上での悩み, 考えたこと, 学びを書いてきます

自分自身のリソースについて

今日は最近の自分自身のものの見方について気が付いた点を雑記として書いていきます。

自分自身に向き合い出して起きた混乱

以前の記事で書いたように自分自身に向き合い出してから、自分自身が何をしたいのか、どういう価値観を持っているのか、というのを改めて考えるようになりました。
様々な方々の助けを借りながら自分自身について向き合い続ける中で、自分自身がやりたいこと、自分自身がどういう価値観を持っているか、どういう思考をよくするのか、というのは以前よりも明らかに分かるようになってきました。
一方で、以前にはなかった混乱や迷いというのも同時に生じるようになりました。
具体的に言うと、自分自身が心からやりたいことで、自分自身の価値観とも合っているはずなのに、なぜかそのやりたいことに対して強い抵抗を自分自身がしているということに対しての混乱です。*1

混乱からの脱出に繋がった"自分自身のリソース"という考え方

この混乱を解きほぐすのに役に立ったこと*2が、自分自身のリソース(≒視点)を多数知る、という行動です。
例えば、自分自身の趣味である将棋を指している時、自分自身がどんな視点を持っているか、どんなリソースを活用できているか、というのを考えて書き出してみます。
この将棋の例だと、自分の場合は、「自身の味方である役割の違う全ての多種多様な駒を、玉を詰ませるという共通のゴールに向けて戦わせる。必ず現状を打開する方法があるはずだ、と信じ込む」というリソースになります。
このリソースを書き出す作業を何個も行うと、幾つかの気づきがありました。

矛盾しているような考えが自分の中に存在していても統一する必要はない

リソースを書き出していく中で得た最初の気づきは、矛盾しているように思える考え方が出てきても、それはどちらも自分自身であり、無理に統一したり思い悩むことはないということでした。
自分の混乱を招いていた、自分がやりたいはずのことと、そのやりたいはずのことに対する抵抗は、どちらもある場面では役に立っているリソースで、どちらが間違っている訳でもなかったのです。
それぞれのリソースの特徴と、どんな時に活用できるのかを認知した上で、どちらのリソースを使うといいかを場面ごとに選択するだけで良いので、以前のように自分自身に混乱したり思い悩むことが少なくなりました。

考え方の幅が広がる

次に、副産物的な気づきとしてあったのは、リソースを認知することで自分の考え方の幅が広がるということです。
これまで、全然違うコンテキストで使ってきたリソースを試しに使ってみることで、思いもよらぬ発見があったり*3成果を上げられたりすることができました。

リソースを今後も増やしたい

これらの気づきや経験を経て、今後もリソースをできる限り増やしていきたいと今は考えています。
何かしら自分が認知したり、何かしら自分が発言したりすることで、リソースはある意味無限に増やせるので、今後もメモをして、全然違うコンテキストで活用をすることで、少しでも自分自身が前進するきっかけになればいいな、と思います。

*1:例えば、自分自身はやりたいことがあって、それは確かにやりたいと思っているはずなのに、いざやろうとすると強い抵抗を自分自身の中から感じたり、戸惑って行動を躊躇したりしてしまうなど...

*2:自分で考え付いたわけではなく、アドバイスしてもらったものなので、アドバイスをいただいた方には心から感謝したいです

*3:例えば、ランニングしている時に自分自身の身体(心拍の鼓動や汗の量)に徹底的に向き合うというリソースを、クライアントとのミーティングや障害対応で用いることで、自分自身を身体的に客観視することに繋がりました