天の月

ソフトウェア開発をしていく上での悩み, 考えたこと, 学びを書いてきます

自己紹介

初投稿なので自己紹介します。

 

 仕事内容

ベンチャーで浅く広く色々やっています。主な仕事は以下3つ。

  1. システムエンジニア(要件定義~テスト&運用・保守)
  2. コンサルタント
  3. 新卒採用の人事

略歴

2020年11月現在新卒4年目。以下常体。

学生時代

中高大一貫校で、やりたいことを好きなだけやる恵まれた学生生活を過ごす。*1

大学は文系で、ITとは無縁の生活を送るが、人材紹介企業の人から現職を勧められ、現職の人たちの雰囲気に飲まれて入社を決意。

社会人1年目(2017年)

入社直前に受けた検診で多数の異常値が見つかる。大病院で検査した所、腎臓の難病が発覚。入社早々入院する羽目に。
初めて死を意識するが、沢山の人に支えられて、8月頃に退院&復職。*2
復職後は2ヶ月のリハビリ期間を経て、テスターとして現場に配属。

社会人2年目(2018年)

テスターとして7月頃まで働き、その後はPJを転々とする。
顧客やPMの指示で資料を作ったり、外部システムとの接続確認をこなす毎日で、モチベーションが大きく下がる。*3

実力主義で昇進も速い会社なので、同期や後輩がPM, 開発業務の統括...を任され、自分の価値が見出せなくなる。難病も再発する。
退職の意思を上司に伝えるが、役員に呼び出されて(ポジティブな)激励を受ける。
もう少しだけ頑張ることを決意する。

社会人3年目(2019年)

体調が回復してきた4月頃、3ヶ月程度の開発案件(要件定義~導入)を担当する。多数のサポートを受けながら何とか完遂し、達成感を得る。*4
その後はPJ内で小規模なチームを形成して複数の開発案件を回す。全案件を納期通りに導入する。チーム開発の楽しさを知る。

一方でPJでは異変が起き出す。若手が次々と離脱し、PJ全体の利益率が低下し始める。

社会人4年目(2020年)

春先から障害が多発。長時間労働と社内外のプレッシャーでチームメンバーが退職し、チームは解散。
PJ内の若手の離脱も止まらず、新卒5年目以内の人は4/17まで減る。*5利益率も上がらず。
会社も問題意識を持ち、シニアなメンバーを送り込んでくれたが、自分自身もそのメンバーと協力してPJを良くしたい、と決心する。*6
組織&技術改善のヒントを探すべく、アジャイル開発や技術分野の勉強を始める。*7

人となり

  • (社会人生活で訓練した結果)ポジティブ思考になった
  • 自己肯定感がめちゃくちゃ低い
  • 人は好きだが人見知り
  • (多数の人から)穏やかで優しい性格だと言われる
  • (多数の人から)煽りが激しい、人が煽っているのを見てるの楽しそう、と言われる

ちょっと長くなったのでブログをはじめたきっかけはまたいつか書こうと思います。

※(2020/11/22) 記載内容を微修正しました。

*1:陸上(長距離)/ボードゲーム/野球観戦...には特にはまった

*2:完治がない病気なので今でも闘病中ですが、一つの個性として今は前向きに捉えられています!

*3:60時間以上の残業時間が常態化したことも、モチベーション低下に拍車をかけた

*4:開発手法はWF

*5:5人の内2人は配属して半年在籍したのみ

*6:2年目に激励してもらった方をはじめとした役員の方々が、対面で力を貸してくれると話してくれたことが自分の背中を後押しした

*7:これまでもjavaを中心に技術分野の勉強はしていたが、業務領域やビジネススキルの勉強が中心だった